かつて、レコード会社でディレクター職にあった25歳の私は、都内の書店で『ブルータス』誌113号(1985年6月15日号)の「マハラジャ夢現/インド南北料理旅」という特集に偶然出会った。
見たことのないおいしそうなカレーの数々、インドならではの活気あふれる食風景。それらを活写した美しい写真、現地取材でないと絶対に醸し出せないであろうライブ感にあふれた文章の妙味。それらが相まって、バブル期とはいえ、何ともぜいたくな特集に仕上がっていて、私は圧倒され、魅了された。
翌年、私は勤めていたレコード会社を辞め、初の海外旅行に渡印。カレー三昧の日々を終え、帰国後そのままインド料理の世界に入った。
そう。
『ブルータス』誌113号は、私の人生においてたいへん重要な役割を果たしてくれたのだ。その特集号を編集長として創った石川次郎さんに縁あって初めてお会いしたとき(全編インド取材によるテレビ番組『亜細亜見聞録』2007年、BS朝日の収録でインドのデリーに滞在中)、このことに関して勝手に盛り上がった私がお礼を申し上げたら、たいそう喜んでいただいたのもうれしかった。
そんな具合なので『ブルータス』誌がインド料理やカレーを取り上げると聞くと、自分が関わる関わらないに関係なく、つい力が入ってしまう。
今回はどうか。
「混ぜるカレー」の魅力をメインにした一冊だそうだが、私にいわせると、歴史や伝統、インドや日本の現状など、関連する事項を正しく、わかりやすく、そして何よりおもしろく語ろうとすると相当ハードルが高い。本文を読む前に目次に書かれたメンツのラインナップを観て危惧したが、予想通り。
各店の紹介記事について、こちらは何もいわない(多くはオーナー、シェフと面識もある)。
私が最もがっかりしたのは、巻頭の「混ぜるカレーを語らせろ!」という座談会。特集全体のトーンや編集サイドの意思や主張が垣間見える点で極めて重要なはずだが、私にはまるでエキサイトする部分がなかった。
例えば、冒頭。
「ナイルレストラン」の「混ぜて、混ぜて」は普及しなかった。
→そんなことはない。右手指でライスとカレーをミックスするインド人作法を日本人向けにアレンジしたのが、あの「よく混ぜてね」式の根本思想として息づいていたはず。
現在、日本のインドレストランはもちろん、ココイチやインデアンカレーなどでも観察してみると、カレーとライスを適宜スプーンやフォークでよくミックスしながら口に運ぶ人は案外多い。
ナイルさんからの直接的な影響とはいいがたいものの「カレーとライス」を混ぜ合わせつつ楽しむカレーファンは確実に増えていると、私は考えるのだが、いかがだろう。
潮目が変わったのは、2003年にダバインディアができたあたり?
→文末が疑問形なのでギリギリセーフだが、内容的には実質間違いだと5思う。なるほど2003年同店がオープンしたが、当初は鳴かず飛ばずだったはず。オープン前、すでにそれぞれ北インドの繁盛店を都内で切り盛りしていた同業のインド人オーナー複数が声を揃えて「東京駅の裏側では、絶対インドレストランははやらない。早晩つぶれるのがオチだ」。
実際、3年ほどは厳しい状況が続いた。が、何とか持ちこたえ、ついに起死回生の満塁ホームランをかっ飛ばす。
中でも停滞を打破する大きなきっかけとなったのは、主に都内近郊各地に点在した南インドレストランの地道な努力だけではなく、日本を代表するグルメ雑誌『ダンチュウdancyu』誌2006年7月号の発売が大きかった。
私によるワイドでディープなチェンナイ現地取材をメインに、ほぼ丸ごと1冊「南インド料理」を全面フィーチュア。
やはり2003年に初版を刊行し、徹底的に南インド料理を取り上げた拙著『カレーな薬膳』(晶文社刊)も当時ジワリジワリと売れており、それまで料理や食関連の雑誌メディアがどこも取り上げなかった「南インド料理」を、メジャーな食雑誌であるダンチュウdancyuがピックアップすることで、一挙に火がついた。潮目が変わったのは、確実にダンチュウの南インド料理特集号が出た2006年だと思う。
ほかにも、「説明書きはエリック・サウスが最初」とあるが、そもそも、私自身が今から20年ほど前の2001年前後、JR西荻窪駅近くでシェフをしていた店でミールスを出す際すでに作っていた。私のミールスは予約制だったが、ベジ、ノンベジとも、本場南インドと同じくすべての料理が食べ放題(サンバルだけ、あるいはラッサムまで程度しかお代わりできない昨今の日本のミールスは、セコイし、ホンモノじゃないと思う)。食材もオーガニックメインだった。おそらく、当時最も先鋭的な日本人によるミールスだったと思う。おかげさまでインターネットがあまり普及しない中、とりわけインド人のお客様が多数来店し、ほめていただいたのはうれしかった。
そのほか、釈然としない箇所はまだまだあるが、キリがないので、ひとつだけ決定的なミスを挙げておく。
ミールスには食べる順番がある。
何でも好きにかき混ぜて食べていいわけではない。
南インド各州、あるいは各コミュニティで多少の違いはあるが、メインカレーが3種なら、ダル、サンバル、ラッサム、2種類ならサンバル、ラッサムの順に平らげる。ご飯にヨーグルトを混ぜるのはその後だし、チャパティやプーリなどのパンはご飯より前、レモンライス
やトマトライスも白いご飯より先に食べる。
ほかにもルールがあるが、ともあれ、ミールスは自分の好きにやうればいいというものでない。したがって、本座談会における会話の多くは意味がないともいえる。
ちなみに、これらはミールスの食べる順番についての参考例
https://www.youtube.com/watch?v=1x64X5Vxz5c
https://www.youtube.com/watch?v=Ncbsj6lN-P0
インド人の食べ方、インドでの食べ方はものすごく自由だった。そういう意見もあるだろう。だが、おそらく、何かを見落としていたり、事実誤認しているケースをまず考えるべきだ。また、例えば、まかないのとき、自由なやり方で食べても、例えば婚礼や新築祝いの席で供されるミールスに好き勝手なアプローチをするかといえば、まずしないはず。
スパイスカレーやスリランカカレーは別のジャンルなので食べ方もまた別だが(大阪で「口癖はカレー」を主宰する三嶋さんのロッダ・グループに関するコメントはよかった)、少なくとも南インドのミールスにはおおまかなルールがあるはず。もう少しこの点で識者の意見等、リサーチすべきだったのではなかろうか。
このブログを書いているときのBGM》
見たことのないおいしそうなカレーの数々、インドならではの活気あふれる食風景。それらを活写した美しい写真、現地取材でないと絶対に醸し出せないであろうライブ感にあふれた文章の妙味。それらが相まって、バブル期とはいえ、何ともぜいたくな特集に仕上がっていて、私は圧倒され、魅了された。
翌年、私は勤めていたレコード会社を辞め、初の海外旅行に渡印。カレー三昧の日々を終え、帰国後そのままインド料理の世界に入った。
そう。
『ブルータス』誌113号は、私の人生においてたいへん重要な役割を果たしてくれたのだ。その特集号を編集長として創った石川次郎さんに縁あって初めてお会いしたとき(全編インド取材によるテレビ番組『亜細亜見聞録』2007年、BS朝日の収録でインドのデリーに滞在中)、このことに関して勝手に盛り上がった私がお礼を申し上げたら、たいそう喜んでいただいたのもうれしかった。
そんな具合なので『ブルータス』誌がインド料理やカレーを取り上げると聞くと、自分が関わる関わらないに関係なく、つい力が入ってしまう。
今回はどうか。
「混ぜるカレー」の魅力をメインにした一冊だそうだが、私にいわせると、歴史や伝統、インドや日本の現状など、関連する事項を正しく、わかりやすく、そして何よりおもしろく語ろうとすると相当ハードルが高い。本文を読む前に目次に書かれたメンツのラインナップを観て危惧したが、予想通り。
各店の紹介記事について、こちらは何もいわない(多くはオーナー、シェフと面識もある)。
私が最もがっかりしたのは、巻頭の「混ぜるカレーを語らせろ!」という座談会。特集全体のトーンや編集サイドの意思や主張が垣間見える点で極めて重要なはずだが、私にはまるでエキサイトする部分がなかった。
例えば、冒頭。
「ナイルレストラン」の「混ぜて、混ぜて」は普及しなかった。
→そんなことはない。右手指でライスとカレーをミックスするインド人作法を日本人向けにアレンジしたのが、あの「よく混ぜてね」式の根本思想として息づいていたはず。
現在、日本のインドレストランはもちろん、ココイチやインデアンカレーなどでも観察してみると、カレーとライスを適宜スプーンやフォークでよくミックスしながら口に運ぶ人は案外多い。
ナイルさんからの直接的な影響とはいいがたいものの「カレーとライス」を混ぜ合わせつつ楽しむカレーファンは確実に増えていると、私は考えるのだが、いかがだろう。
潮目が変わったのは、2003年にダバインディアができたあたり?
→文末が疑問形なのでギリギリセーフだが、内容的には実質間違いだと5思う。なるほど2003年同店がオープンしたが、当初は鳴かず飛ばずだったはず。オープン前、すでにそれぞれ北インドの繁盛店を都内で切り盛りしていた同業のインド人オーナー複数が声を揃えて「東京駅の裏側では、絶対インドレストランははやらない。早晩つぶれるのがオチだ」。
実際、3年ほどは厳しい状況が続いた。が、何とか持ちこたえ、ついに起死回生の満塁ホームランをかっ飛ばす。
中でも停滞を打破する大きなきっかけとなったのは、主に都内近郊各地に点在した南インドレストランの地道な努力だけではなく、日本を代表するグルメ雑誌『ダンチュウdancyu』誌2006年7月号の発売が大きかった。
私によるワイドでディープなチェンナイ現地取材をメインに、ほぼ丸ごと1冊「南インド料理」を全面フィーチュア。
やはり2003年に初版を刊行し、徹底的に南インド料理を取り上げた拙著『カレーな薬膳』(晶文社刊)も当時ジワリジワリと売れており、それまで料理や食関連の雑誌メディアがどこも取り上げなかった「南インド料理」を、メジャーな食雑誌であるダンチュウdancyuがピックアップすることで、一挙に火がついた。潮目が変わったのは、確実にダンチュウの南インド料理特集号が出た2006年だと思う。
ほかにも、「説明書きはエリック・サウスが最初」とあるが、そもそも、私自身が今から20年ほど前の2001年前後、JR西荻窪駅近くでシェフをしていた店でミールスを出す際すでに作っていた。私のミールスは予約制だったが、ベジ、ノンベジとも、本場南インドと同じくすべての料理が食べ放題(サンバルだけ、あるいはラッサムまで程度しかお代わりできない昨今の日本のミールスは、セコイし、ホンモノじゃないと思う)。食材もオーガニックメインだった。おそらく、当時最も先鋭的な日本人によるミールスだったと思う。おかげさまでインターネットがあまり普及しない中、とりわけインド人のお客様が多数来店し、ほめていただいたのはうれしかった。
そのほか、釈然としない箇所はまだまだあるが、キリがないので、ひとつだけ決定的なミスを挙げておく。
ミールスには食べる順番がある。
何でも好きにかき混ぜて食べていいわけではない。
南インド各州、あるいは各コミュニティで多少の違いはあるが、メインカレーが3種なら、ダル、サンバル、ラッサム、2種類ならサンバル、ラッサムの順に平らげる。ご飯にヨーグルトを混ぜるのはその後だし、チャパティやプーリなどのパンはご飯より前、レモンライス
やトマトライスも白いご飯より先に食べる。
ほかにもルールがあるが、ともあれ、ミールスは自分の好きにやうればいいというものでない。したがって、本座談会における会話の多くは意味がないともいえる。
ちなみに、これらはミールスの食べる順番についての参考例
https://www.youtube.com/watch?v=1x64X5Vxz5c
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インド人の食べ方、インドでの食べ方はものすごく自由だった。そういう意見もあるだろう。だが、おそらく、何かを見落としていたり、事実誤認しているケースをまず考えるべきだ。また、例えば、まかないのとき、自由なやり方で食べても、例えば婚礼や新築祝いの席で供されるミールスに好き勝手なアプローチをするかといえば、まずしないはず。
スパイスカレーやスリランカカレーは別のジャンルなので食べ方もまた別だが(大阪で「口癖はカレー」を主宰する三嶋さんのロッダ・グループに関するコメントはよかった)、少なくとも南インドのミールスにはおおまかなルールがあるはず。もう少しこの点で識者の意見等、リサーチすべきだったのではなかろうか。
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THE STOOGES『FUN HOUSE』(1970年)
セカンドアルバム。個人的に捨て曲無しの最高傑作の1つ。ロン・アシュトンのギターもイイ。
https://www.youtube.com/watch?v=1OedEgzDl_I
★「サザンスパイス」新公式サイトは
★個人サイト から「サザンスパイス」レッスンスケジュールや参加申込み可能!
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